昭和の 餅つき

 昭和30年か40年ころまでは 今日30日は あちらこちらに 餅搗きの音が ほいぱっぽ ほぃぱっぽと と 威勢の良い掛け声とともに響き渡っていたのですが 昭和の終わりころから 機械搗きが広まり そんな音もきこえなくなります。
 29日には苦餅と言われ その日を避けて搗く風習があり 30日が 一番のメインとなっていました。  その頃は お供え餅 餡餅 像にもち のしもち 霰餅 ヨモギ餅 豆餅 保存食としても たくさんの種類が搗くので あさから かまどでもち米を蒸し始めます。で 地域一帯に 蒸上がるにおいが充ます。  親戚 縁者とか何軒もの家で寄り合って搗くし 夜までかかってしまいます。
 親戚の 新婚のお兄さんは お嫁さんにいいところを見せようとして 大張り切り 新妻さんも 姉さんかぶりで 新しい家庭になじもうと いそいそと立ち働きながら 互いに目を合わせたりして 農家に匂うことのない おしろいの香りなどもさせ なんだかいい感じに暖かな年の瀬の夜が深けるていくのです。!