線香rの香のなかで・・後編

 ダン吉は捨て犬でした。
 口の周りが黒いので、「垢抜けない犬だな」と、言われています。傍に行くと、すがる眼差しを僕らに向けて、よたよたと擦り寄って来ます。
 「うーん。家で飼ってやろうか」と、お爺ちゃんが言って、ダン吉は我が家の子に成ります。   
 我が家に来た頃です。ダン吉は子供たちの声が聞こえると、ぶるぶる振えます。怖い事を思い出すのか、
ぶるぶる、ぶるぶると振るえます。
 我が家ではダン吉はお爺ちゃんの孫です。「可愛い!」と、抱きしめてくれる女の子も出来ます。そして、振える事も無くなります。 
 ダン吉は、気の優しい、大きな犬に育ちます。お爺ちゃんや近所の子たちとも友達です。  
 
 それから10年と少し過ぎた頃のお正月です。ダン吉は倒れます。あんなに大食いだったのに、其の日から一口もご飯を食べません。大好きな牛乳も飲みません。    
 「あーぁ!ダン吉は死ぬのか!」と、お爺ちゃんはしょんぼりです。
 
 「冥土の土産だ」と、お正月用の取って置きの生ハムを上げます。三日三晩、何も口にしなかったダン吉が、くしゃくしゃとひと口食べます。横たわったままですが一切れ全部食べます。
 次に上げた時は、立ち上がって、むしゃむしゃ食べます。       
 「よし、よし!」と、お爺ちゃんは喜びます。生ハムは無くなり、お歳暮に貰っていたロースハムをスライスして上げます。それもペロッと食べます。 
 「もう、大丈夫だ」と、お爺ちゃんは、”ほっと”します。 
 それではと、スーパーへ行って、安いハムなどをを買い込んで来ます。                   
 「たっぷり食べろ」と、大きな魚肉ソーセージを一本丸ごと上げます。ダン吉は其れを一口かじってみたが、ペッと吐き出します。わー!すっかりグルメに成ってます。
 それでも其れからは、また元のダン吉に復活です。何でも食べて元気を取りもどし、お爺ちゃんと畑にも行きます。  
 だが、其の次の年のお正月です。お爺ちゃんの方が先に逝ってしまいます。
 
 ダン吉は、それから数年、僕を慰める様に生きてくれます。お爺ちゃんのお墓参りも付き合ってくれます。
  しかし、我が家に来て、16年目の秋の丁度其の日です。歩くのも苦しそうに成り、寿命の来た事を感じさせます。
 我が家の菩提寺にお参りに連れて行きます。 「お爺ちゃん 宜しく」と、お願いします。 
 其の次の日です。僕が外から帰って来るとです。
 「ゥワン ゥワン」と、言う鳴き声が、家の角の所まで聞こえています。必死で僕を呼ぶように鳴いています。飛んで行くと、もう鳴き声は無く、ぺったりと床に横たわったままになってます。  
 「ダン吉!」と、呼びます。何の反応も有りません。顔に手を当てると、未だかすかに息をしています。最後の力を振り絞って僕を呼んでいたのです。。
 水を上げても、もう飲みません。牛乳も飲みません。ハムも効き目はありません。息絶え絶えに横たわるばかりです。
 少しでも傍を離れると、ダン吉はゥワンゥワンと寂しそうな声で僕を呼ぶのです。傍に居て体を摩ってやります。長年、お爺ちゃんの畑仕事や僕の散歩に付き合ってくれた足を撫でて上げます。
 次第にはく息ばかりに成ります。
 「ダン吉、ありがとう!長い間ありがとう!」
 「お爺ちゃん所に行って良いよ」と、言ってやります。
 ダン吉は悲しそうに、小刻みに鳴きます。
 そして、夜半前にダン吉は静かに息を引き取ります。
 ダン吉はお爺ちゃんの所に旅立って行きます。 

 この頃は、お墓参りは一人です。引っ張って連れて帰ってくれるダン吉も、線香の煙の彼方です。だから、一人とぼとぼ帰ります。白杖重く帰ります。   
 帰り道、ふっと線香の残り香が漂って、お爺ちゃんとダン吉と、三人で暮らした楽しかった日々が溢れるように思い出されます。おわり